仏の正月【情報ボックス】
民俗担当 磯本宏紀
仏の正月と呼ばれる行事があります。その年亡くなった人を新仏(しんぼとけ)といいますが、その新仏が初めての正月を迎む かえるための行事です。12月最初の辰(たつ)と巳(み)の日、または巳(み)と午(うま)の日に行われ、タツミ、ミウマとも呼ばれます。徳島県西部をはじめとして、四国地方中西部で行われます。
この行事から、生者(せいじゃ)と死者の境界(きょうかい)の観念(かんねん)、死者への畏怖(いふ)を知ることができます。地域や家によってやり方がちがいますが、ここでは、三好市東祖谷(ひがしいや)での事例を紹介します。2011年12月の東祖谷での調査時には、12月4日(巳の日)の朝、仏の正月を行う家が数軒(すうけん)ありました。
当日、墓前(ぼぜん)には図1のような棚(たな)がつくられ、棚には供物(くもつ)がのせられます。どの家でも共通するものは、豆腐(とうふ) 一丁と一升の餅米(もちごめ)でついた餅です。なかには膳(ぜん)に料理をのせたり、一膳飯(いちぜんめし)を供(そ)なえたり、酒一升(しょう)を供えたりする家もあります。また、棚には正月の注連飾(しめかざ)りとはちがう左縄の注連飾りをつけます。この注連飾りに故人(こじん)の使った足袋(たび)(かつてはわらぞうり)を結びつける家もあります。
当日朝、親戚(しんせき)一同が墓参(ぼさん)し、墓前で火をたきます。かつては、親戚一同が新仏のある家に集まり、その日の深夜か翌日未明に墓に参ったようです。墓前では、図2のように供物の豆腐と餅が切り分けられ、包丁に突き刺(さ)したままの豆腐や餅の一片が、順にわたされます。わたされた人は、図3のように食べるしぐさをしますが、実際には食べることなく、図4のように後ろ向きに投げ捨てます。豆腐や餅を食べると死者に連れて行かれるなどと言われ、食べてはならないとされます。これが終わると、かつては棚をナタでなぎ倒し、そのまま振り返らず帰宅したといいます。
図1 墓前につくられる棚
図2 豆腐を包丁に刺してわたす
図3 包丁に刺してわたされた餅を食べるしぐさをする
図4 餅を食べずに後ろに投げ捨てる