博物館ニューストップページ博物館ニュース096(2024年9月15日発行)トコジラミ-復活の吸血虫-(096号CultureClub)

トコジラミ-復活の吸血虫-【CultureClub】

動物担当 山田量崇

トコジラミとは?

トコジラミCimex lectularius(図1)という虫をご存じですか?“シラミ”という名が付くため、ケジラミやアタマジラミなどシラミ目の昆虫と間違われやすいですが、実はカメムシの仲間です。“南京虫(なんきんむし)”とも言い、人によってはこちらの方がなじみ深いかも知れません。体は非常に平たく翅が退化しており、一見すると他のカメムシと様相が異なりますが、刺激を与えればかなりの悪臭を放つため、立派なカメムシの仲間であることがわかります。トコジラミの餌(えさ)は温血(おんけつ)動物の血液です。人間以外に、コウモリや鳥などの皮膚(ひふ)にストロー状の口吻(こうふん)を刺し、血液を吸って生きています。トコジラミによる人体への主な被害は刺された後の痒(かゆ)みです。刺された時に痛みは感じないものの、吸血の際に唾液(だえき)が注入されることによってアレルギー反応を起こし腫(は)れて痒くなります。私の経験では、刺された後に全く痒くならなかったので個人差はあるようです。

図 1 ヒトの血を吸うトコジラミ Cimex lectularius

図 1 ヒトの血を吸うトコジラミ Cimex lectularius

図 2 トコジラミ類の交尾

図 2 トコジラミ類の交尾

トコジラミの仲間は世界中に70種以上が知られています。なかでも、人と関わりの深い種はトコジラミとネッタイトコジラミC. hemipterus で、世界各国の都市部で古くから一般的な衛生害虫として知られてきました。

ふしぎな生態

トコジラミは夜行性で、昼間は壁や床、畳のすき間、柱の裂け目、ベッドの中に群れを作って潜んでいます。夜間に出てきて人体の露出した部分をねらって吸血します。一度の吸血に10分以上かかることがあり、口吻を刺し変えて吸血することもあるため、刺し痕(あと)が2ヵ所以上になることもしばしばです。体重の何倍もの血液を吸うため、空腹時には扁平(へんぺい)だった腹部(ふくぶ)が1.5倍以上に伸びます。成虫は非常に飢餓(きが)に強く、絶食状態で2ヵ月以上も生存することが知られています。
トコジラミ類の交尾は少し変わっています。多くの昆虫では、雄(おす)が雌(めす)の腹部末端にある交尾器を通して精子を受け渡しますが、トコジラミ類では、雄が鋭い針のような把握器(はあくき)(図3B)を雌の体に突き刺して穴を開けてから精子を注入します(図2)。注入された精子は、雌の血液の中を泳いで卵巣に辿たどり着きます。雌の腹部の腹面右側や背面側には、裂け目のような形態が見られますが、そこから雄の把握器が挿入されます(図3A)。
また、最近の研究によって、トコジラミは細胞内にボルバキアという共生細菌を宿さなければ、正常な発育や生殖ができないことが明らかにされました。このボルバキアは宿主にビタミンB類という必須栄養素を与えているようです(細川、2011)。

図 3 トコジラミの雌の腹部にある裂け目(A、丸印)と雄の把握器(B、矢印)

図 3 トコジラミの雌の腹部にある裂け目(A、丸印)と雄の把握器(B、矢印)

世界のトコジラミ

トコジラミの仲間の大半がアフリカや東南アジア、中南米などの熱帯や亜熱帯地域に分布するいっぽう、前述のトコジラミを含む一部の種が温帯から冷温帯にも生息しています。日本では、これまでにトコジラミ、コウモリトコジラミC. japonicus、ツバメトコジラミOeciacushirundinis(図4D)の3種が記録されていますが、南西諸島からネッタイトコジラミとおぼしき種の報告もなされています。
大半の種が洞窟内でコウモリ類に寄生し(図4A-C)、残りはツバメやハトなどの鳥類を利用します(図4D)。人間や家畜動物を利用するのはごくわずかな種しか知られていません。

図 4 世界のトコジラミ類

図 4 世界のトコジラミ類
A ,Bucimex chilensis(チリ原産、コウモリに寄生)
B ,Primicimex cavernis(北 ・ 中央米原産、コウモリに寄生)
C ,Cacodmus villosus(アフリカ原産、コウモリに寄生)
D ,ツバメトコジラミ Oeciacus hirundinis
(ヨーロッパ原産、ツバメ類などに寄生)

 

復活したトコジラミ

トコジラミはさまざまな物資に身を潜めることができたため、古い時代からそれらとともに人為的に世界各地へ運ばれていきました。田中芳男の「南京虫又床虱(なんきんむしまたとこじらみ)」(1897 年)によると、日本へは文久年間にオランダから古船を買い付けた際に侵入したようですが、被害が問題視されはじめたのは明治時代以降で、第二次世界大戦の後までごくありふれた衛生害虫として蔓延(まんえん)していました。その後、強力な殺虫剤の開発や生活環境の改善などにより、1970年頃までにはほとんど見られなくなりました。しかし、欧米各国では2000年頃から、日本では2007年頃から再び被害が増え始めたのです(トコジラミ研究会、2013)。国境を越えた人々の往来が活発になったこと、都市部へ人口が密集したこと、地球温暖化などが主な理由に挙げられていますが、とくに脅威なのは、殺虫剤に対して抵抗力をもったトコジラミが出現していることです(平尾、2010)。
かつて衛生害虫として猛威をふるったトコジラミですが、一時は日本から姿を消したかのように思われました。しかし、再びその脅威にさらされつつあります。幸い、徳島県ではまだ問題になっていないようですが、現代の日常を考えると安心はできません。早期に対応するためにも、まずは知識の普及・共有に努めることが肝要です。

引用文献

平尾素一(2010)衛生動物,61: 211-221.
細川貴弘(2011)生物科学,63 (1): 17-23.
トコジラミ研究会(2013)『トコジラミ読本』日本環境衛生センター.

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