未知の大地 ミャンマーの花々【CultureClub】
植物担当 茨木靖
ミャンマーという国を知っているでしょうか? この国は南北に細長く、平野から高い山まであります。さらに、雨の量も場所によって大きく異なるため、いろいろな種類の動植物が分布しています。ところが、この国は、長い間鎖国(さこく)のため外国人が動植物を調べることができず、“未知の大地”とも言える状況でした。しかし、粘り強い交渉の末、高知県立牧野植物園は、ミャンマー林業省(現:環境保全林業省)と共同プロジェクトを発足させることに成功。当館も、この調査・研究の一部に協力しています。
ここでは、これまでの研究成果をもとに、ナマタン山(3,053m)の麓(ふもと)から山頂までの花々の移り変わりを紹介します。なお、本稿の執筆並びに写真については、高知県立牧野植物園にご協力・ご提供いただきました。 ナマタン山は、ミャンマーの中西部に位置し、自然豊かな国立公園となっています(図1)。その麓の標高450~800m 周辺ではフタバガキの仲間(図2)などが多く見られます。この付近は、一年の中で、雨の降らない“乾季”とたくさん雨の降る“雨季”がはっきり交代する場所です。森の木々は、雨季には大きな葉をつけていますが、乾季にはいっせいに葉を落とします。このため、この森は“雨緑林(うりょくりん)”と呼ばれています。 さらに山を登って雨緑林の森を抜け、標高1,200m ほどの尾根筋にやってくると、ヒマラヤザクラやカリンの仲間、アオモジ、ヤナギイチゴの仲間などが見られます。また、私たちに馴染(なじ)みの深い、イノコヅチなども生えています。標高がやや低い場所には、ハマザクロの仲間やマメ科のソシンカの仲間(図3)なども観察されます。
図 1 ミャンマーおよびナマタン山の地図。ナマタン山はチン州にある。(原図提供:高知県立牧野植物園)
図 2 フタバガキの仲間 Dipterocarpus tuberculatus(写真提供:高知県立牧野植物園)
図 3 ソシンカの仲間 Bauhinia variegata(写真提供:高知県立牧野植物園)
再び山を登って、標高1,800~2,700mあたりまで来ると、南斜面や乾燥した尾根は、カシヤマツの林になっています。この松林の中は、日本や中国と共通の植物が多く、ネジキやキバナノコマノツメ(図4)のように、徳島県に生育しているものも見られます。
図 4 キバナノコマノツメ Viola biflora(写真提供:高知県立牧野植物園)
また、標高2,700m 以上の南斜面では、カシヤマツの生育がなくなり、代わりにカシの仲間やヒマラヤシャクナゲが多く生える常緑の森となります。ここでは、キク科の新種ヒマライエラ・ナマタンゲンシスなども見つかっています(図5)ナマタン山の頂上付近、標高2,900~3,000mの尾根などでは、大きな木が生えず、低木がまばらに生える草原となっています。この草地には、乾季の終わりからお花畑が広がり、季節ごとに、花々が一面に咲き乱れます。薄紫色のボンボリサクラソウ(図6)、青紫と白花のアネモネの仲間、ショウガ科のロスコエア・アウストラリス(図7)、透き通った青色のリンドウの仲間などです。
図 5 ヒマライエラ・ナマタンゲンシス Himalaiella natmataungensis(写真提供:高知県立牧野植物園)
図 6 ボンボリサクラソウ Primula denticulata(写真提供:高知県立牧野植物園)
図 7 ショウガ科のロスコエア・アウストラリスRoscoea australis(写真提供:高知県立牧野植物園)
以上、ナマタン山を例に、ミャンマーの植物の一部をご紹介しました。この国は、多様な環境があることから生物の種類も多く、この国立公園内だけでも植物は、約2,500種が知られ、推定では3,000種があるだろうとも言われています。今後、研究が発展すれば、まだまだ私たちの知らない植物が見つかってくることでしょう。