チシャ菜のこと【CultureClub】

民俗担当 庄武憲子

 

みなさんはチシャ菜(な)を御存知(ごぞんじ)でしょうか?畑地があり、昔から自家用の野菜を作っているようなお宅たくでは、馴染(なじ)みがあるかと思います。

チシャ菜

当館の常設展示室で展示している、文化(ぶんか)7年(1810)4月に現在の三好郡(みよしぐん)東みよし町で行われた棟付改(むねつけあらため)の様子を表した模型では、屋敷(やしき)の片隅(かたすみ)の畑にネギと一緒にチシャ菜が植わっている様子が復元されています(図1)。また、江戸時代(えどじだい)の神山町(かみやまちょう)の食膳(しょくぜん)を紹介しているコーナーでは、献立(こんだて)の1つに「チシャ菜のおひたし」が再現されています(図2)。

図1 棟付改復元模型(部分) 左手前にネギとチシャ菜が植わっている様子を復元しています。

図1 棟付改復元模型(部分)
左手前にネギとチシャ菜が植わっている様子を復元しています。

図2 山村の食膳(役人接待の食膳)模型 右徳利2本の手前の皿にチシャ菜のおひたしが再現されています。

図2 山村の食膳(役人接待の食膳)模型
右徳利2本の手前の皿にチシャ菜のおひたしが再現されています。

さらに、徳島県内の食事を聞き書きした本には、祖谷山(いややま)、那賀奥(なかおく)などの地域で、初夏に収穫する野菜の1つとして紹介されています。徳島の伝統的(でんとうてき)な正月の門付(かどづ)け「三番叟(さんばそう)まわし」の詞章(ししょう)には「ちしゃのもみ菜にチリメンジャコふりかけて」との詞(ことば)が見られます。徳島県内ではごく一般的な野菜として利用されてきたようです。

私は、平成26年から平成28年にかけて、祖谷地方の在来作物(ざいらいさくもつ)についての聞き取り調査を試みました。その際、ジャガイモを植え付けた後の3月頃、多くの家で畑地の一角にチシャ菜を植えているのを確認しました(図3、4)。グリーンリーフ、サニーレタスなどスーパーマーケットなどで見かけるレタスの仲間と一緒に植えられています。県外出身の私は、実は、チシャ菜という野菜を知りませんでした。珍しいなと思い、作っている人に聞いてみると、「チシャ菜はレタスのことよ。昔からあるな。」との回答でした。

図3 三好市西祖谷山村戸ノ谷で植えられているチシャ菜(2016年3月30日撮影)

図3 三好市西祖谷山村戸ノ谷で植えられているチシャ菜(2016年3月30日撮影)

図4 三好市東祖谷栗枝渡で植えられているチシャ菜(2016年3月30日撮影) チシャ菜と一緒に、緑色の濃いレタスの一品種が植えられています。

図4 三好市東祖谷栗枝渡で植えられているチシャ菜(2016年3月30日撮影)
チシャ菜と一緒に、緑色の濃いレタスの一品種が植えられています。

私の中でレタスは、サラダなどにして食べる新しく日本に入ってきた野菜のイメージだったので混乱し、いろいろと調べてみることにしました。

『世界有用植物事典』に「チシャ、チサ、レタス、(英 Lettuce)、葉または茎を生食する1 ~ 2年草。一般にレタスと呼ばれている結球性(けっきゅうせい)のものだけでなく、日本で古くから栽培されていたものなどを含めて、植物学的には1種からなる栽培植物である。」「古くから日本で栽培されていたのはチシャで、以前から農家の庭などで栽培されていた。葉をかき取って食用としたカキチシャ(カキレタス)は立ちレタスに、根生葉(こんせいよう)を利用した小型のチシャは葉レタスに所属する。しかしこれらの品種群はほとんどなくなり、最近、多く栽培されているのは玉レタスである。」との説明がありました。

作っている人が教えてくださったことは、まったくその通りで、チシャ菜はレタスの1品種で、昔から日本で栽培されていることがわかりました。ちなみにどれくらい昔から栽培されているか調べてみると、平安時代(へいあんじだい)中期、927年に完成したとされる『延喜式(えんぎしき)』に、「萵苣」(チサあるいはチシャ)の記載がいくつかあり、遅くとも平安時代頃から日本で栽培されてきた野菜と考えられます。また、現在、一般にレタスと呼ばれている結球性のレタスは、明治(めいじ)時代(1868~1912年)に入ってきて栽培されるようになったそうです。

日本で古くから栽培されてきたと改めて確認をしたチシャ菜ですが、このチシャ菜の中にもいろいろな品種があったようです、先ほどの『世界有用植物事典』にはカキチシャと小型のチシャの記述がありますし、江戸時代の農書『農業全書(のうぎょうぜんしょ)』(1697年刊)には、「ちさ種々あり、葉の丸きあり、長くとがりたるあり、緑色なるあり、うす黒きあり、紫もあり、中にて葉丸くひろく、たうをそく立、久しくさかへ、和らかにして味甘く、五六月まで葉のさかんなるあり」との記述があります。
祖谷で作っているチシャ菜はいったいどんな特徴があるのだろうと思い、苗をもらって育ててみました。3月に植えると、5月6月とすくすくと伸び、葉を外側からかき取って食べることができました。葉は緑です(図5)。このチシャはカキチシャに属し、『農業全書』に「五六月まで葉のさかんなるあり」と記述のあるものだろうなと考えています。7月には黄色い花が咲きました。
 祖谷だけでなく、徳島県内では広い地域でチシャ菜を作り、食用としている所があると思います。日本で古くから作られているチシャの品種群はほとんどなくなっているとされます。流通・販売されているレタスに押され、消えてしまわないうちに、県内のチシャについて詳しく調べたいと考えています。

図5 三好市東祖谷菅生で苗をもらい博物館で育てたチシャ菜(2016年6月28日撮影)左側の斜めに伸びたものがチシャ菜です。

図5 三好市東祖谷菅生で苗をもらい博物館で育てたチシャ菜(2016年6月28日撮影)左側の斜めに伸びたものがチシャ菜です。

 

チシャ菜について情報をお持ちの方は、ぜひ御一報(ごいっぽう)ください。
 

〈参考文献〉

「阿波木偶箱廻し」調査・伝承推進実行委員会編 2013年『四国における「三番叟まわし」「えびすまわし」調査報告書-地域社会から見た門付け芸能ー』「阿波木偶箱廻し」調査・伝承推進実行委員会.
立石一ほか編 1990年『聞き書 徳島の食事 日本の食生活全集36』 農山漁村文化協会.
神宮司庁編 1980年 『古事類苑 植物部二・金石部』 吉川弘文館.
掘田満ほか編 1989年 『世界有用植物事典』 平凡社.

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