ビワを加害する新害虫-ビワキジラミ【CultureClub】
動物担当 山田量崇
1.はじめに
ビワは人家の庭先や集落付近の山野など、あちこちで見かける身近な果実です。日本では本州の房総(ぼうそう)半島や紀伊半島、四国、九州など、主に太平洋側の温暖な地域で栽培(さいばい)されています。ビワに付く害虫はこれまでいくつか知られていましたが、いずれも深刻な被害をもたらすものではありませんでした。
2012年5月、徳島県南部の栽培ビワにおいて、これまで全く知られていなかった害虫が多発生し、果実を黒く汚す「すす病」を起こしていたのが確認されました(図1)。この害虫の正体は、カメムシ目のキジラミ類でした。キジラミ類が排泄(はいせつ)する甘露(かんろ)にすす病菌(きん)(糸状菌(しじょうきん)というカビ)が増殖したことによって、果実が黒いすすで覆われる「すす病」を引き起こしていたようです。ビワ栽培農家から報告を受けた徳島県病害虫防除所は、キジラミ類の専門家である井上広光博士(当時、農研機構果樹研究所)にこの害虫の種(しゅ)の特定を依頼しました。すると、世界に3000種以上知られるキジラミ類のどの既知種(きちしゅ)にも該当しない新種のキジラミであることが判ったのです。同年7月、徳島県病害虫防除所は、この害虫の学名が未決定のまま、和名をビワキジラミとして、病害虫発生予察特殊報を発表しました。その後、本種にCacopsylla biwa という学名が与えられ、新種として記載されました(Inoue et al, 2014)
図1 ビワキジラミによる果実の被害(写真:徳島県立農林水産総合技術支援センター提供)
2.ビワキジラミとは
ビワキジラミCacopsylla biwa (図2)は全長2.5~3.5mmのきわめて小さな昆虫です。翅(はね)を屋根型に折りたたむため、小さなセミのように見えます。成虫の体サイズや色彩は、発生時期によって異なります。多発生する4~6月では、淡い黄褐色(おうかっしょく)の地に白色の細い線やまだら状の斑紋を多数そなえ、とても美しい色彩となります。透明な前翅(ぜんし)の外縁(がいえん)には、ぼんやりとした黄褐色の斑紋が並んでいるのも特徴です。この時期の体色は、ビワの葉裏や枝を覆う微細(びさい)な毛の色とよく似ているため、一種のカモフラージュとしての効果があるかもしれません(図3)。一方、秋から冬に出現する成虫は、体の地色や前翅の斑紋がやや暗くなります。幼虫(図4)は扁平(へんぺい)で楕円形(だえんけい)の体つきをしていて、花芽(はなめ)のすき間や果実の柄(え)の部分などに身を隠して生活します。
図2 ビワキジラミのオス成虫(春夏型)
図3 葉裏に群れるビワキジラミの成虫(春夏型)(写真:農研機構提供)
図4 ビワキジラミの幼虫(写真:農研機構提供)
キジラミ類の寄主(きしゅ)植物(幼虫の餌(えさ)となり、発育を完了できる植物)は、一般に、キジラミの種ごとに決まっています。本種もこれまでビワのみで確認されているため、ビワ以外の植物で発生する可能性は極めて低いと考えられています。
3.発生・被害状況
徳島県病害虫防除所と農林水産総合技術支援センターの調査によれば、本種が初めて確認された2012年には徳島市、小松島市、阿南市、勝浦町、佐那河内村、上板町の6市町村に分布が限られていましたが、2013年には神山町、鳴門市などで、2014年には吉野川市、上勝町などでも確認されました。その後も周辺地域への拡がりを見せ、現在すべての市町村から確認されています。本種の勢いは徳島県だけにとどまらず、2016年に香川県東かがわ市で、2017年に兵庫県の淡路島で、2018年に和歌山県由良町でそれぞれ発生が確認されました。
本種は栽培園や市街地など人為的な環境で発生しているにもかかわらず、これまで日本から全く知られていませんでした。そのため、近年になって国外から侵入した外来種とみなされています(Inoue et al., 2014)。侵入源や経路は不明ですが、ビワを加害するキジラミ類の情報がもたらされている中国の長江(ちょうこう)流域が本種の原産地であると示唆されています(井上, 2015)。
本種の被害がもっとも目立つのは、ビワの果実が大きくなる4~6月です。果実の基部、芽や枝葉(えだは)のすき間に隠れた幼虫が大量の甘露を出し、それに黒カビが繁殖してすす病を発生させます。被害がひどい場合は果実が落下し、果実が収穫できないこともあるようです。
4.ビワキジラミを防除するために
本種を防除するのにいくつかの薬剤が使われています。しかし、すき間に隠れた幼虫には薬剤が届かず、あまり効果がなかった事例がありました。より効果的な薬剤の開発が必要とされる中、ビワキジラミを捕食する天敵の存在が注目されています。野外調査において、ハナカメムシ類やテントウムシ類、クサカゲロウ類の幼虫がキジラミを捕食している様子が観察されたのです(中西ほか,2015)。なかでも、花芽などのすき間に隠れた幼虫を捕食するハナカメムシの姿が頻繁に観察されました。今後、有用な天敵として期待できるかもしれません。
2017年度より、ビワキジラミのこれ以上の拡散阻止と、被害に対処できる防除技術を緊急に確立し、現場への速やかな普及を図るため、農研機構を中心とした「四国で増やさない!四国から出さない!新害虫ビワキジラミの防除対策の確立」という研究プロジェクトが始まりました(図5)。当館もその研究チームの一員として、ビワキジラミの天敵調査を進めているところです。
図5 ビワキジラミの注意喚起用リーフレット
身近な果実であるビワが、いま小さな昆虫の脅威にさらされています。初夏の季節感あふれる甘酸っぱい味をこれからも楽しめるよう、研究チームで対策に力を尽くしています。まずはビワキジラミという小さな昆虫の存在に関心を持っていただければと思います。
井上広光博士(農研機構)と中西友章氏(徳島県立農林水産総合技術支援センター)には貴重な写真や有益な情報を提供していただきました。記してお礼申し上げます。
(引用文献)
Inoue et al. (2014) Appl. Entomol. Zool. 49: 11–18.井上広光(2015)植物防疫, 69: 98–101.中西友章ほか(2015)植物防疫, 69: 102–105.