黒沢湿原の魚類相【CultureClub】

動物担当 佐藤陽一

徳島県の西の端に近い三好市池田町の山の中に、可憐(かれん)な花を咲(さ)かせるサギソウでよく知られている黒沢湿原(くろぞうしつげん)という南北2km、幅200~300mの小さな盆地があります。盆地のほとんどは湿原となっていて、ヨシなどの抽水(ちゅうすい)植物、ヒツジグサなどの浮葉(ふよう)植物、イヌタヌキモなどの沈水(ちんすい)植物、そして周辺部の湿った場所にはオオミズゴケや食虫(しょくちゅう)植物のモウセンゴケが生育しています。希少(きしょう)な湿性(しっせい)植物が多いことから盆地内の一部の地域が「黒沢の湿原植物群落」として県の天然記念物に指定 されているほか、環境省の日本の重要湿地500の一つにも選定されています。

黒沢湿原の生きものについて、植物はよく調べられていたのですが、そこに棲(す)んでいる魚は、これまできちんと調べられていませんでした。そこで2017年8~9月にエレクトリックショッカーとタモ網を使って盆地内の9地点で調査をしてみました(図1)。

図1.黒沢湿原における調査地点(国土地理院電子国土Web地形図にオーバーレイ http://maps.gsi.go.jp)

図1.黒沢湿原における調査地点(国土地理院電子国土Web地形図にオーバーレイ http://maps.gsi.go.jp)

黒沢湿原が山の上にあること(標高550m前後)や水量に乏(とぼ)しい湿原であることから、魚は少ないと予想はしていました。しかし、結果は想像以上に少なく、事前情報でわかっていたメダカ科のミナミメダカとドジョウ科のドジョウに加え、新たにコイ科のカワムツの、わずか3種が確認されただけでした(図2上段)。魚類相的にはとても貧弱であることがわかりました。

図2.黒沢湿原における魚類の出現状況(St. 09を除く)

図2.黒沢湿原における魚類の出現状況(St. 09を除く)

これだけでは面白くないので、もう少し詳しく結果を見てみましょう。図2上段の表は調査地点別の魚類の出現状況と出現種数で、調査地点St. 01~08を上流から下流へと並べてあります(魚類が出現しなかったSt. 09は除外しています)。ここで上流累加種数(じょうりゅうるいかしゅすう)というのは、ある地点から上流で出現した種の数です。この表をグラフにしたのが図2下段で、棒が地点ごとの出現種数を、折れ線が上流累加種数を示しています。

通常、川全体で魚類相の種数変化を見ると、種数の増減はあるものの、おおむね上流から下流にかけて種数が増加し、それに伴い上流累加種数も単調増加していきます。ここでポイントとなるのが、上流累加種数の変曲点(へんきょくてん)です。種数は地点ごとに変わっても、種の追加や種の入れ替わりが起こらない限り上流累加種数に変化は起きませんが、種の追加や種の入れ替わりが起これば、上流累加種数は必ず増加するからです。そして上流累加種数の変曲点は何らかの環境変化に対応している可能性が考えられます。

そのような目でもう一度、図2を見てみるとSt. 04と05との間で上流累加種数が変化しており、St. 05より下流からカワムツが生息しているためだとわかります。すなわち、黒沢湿原は魚類相的にはSt. 01~04の地域(上流域)とSt. 05~08の地域(下流域)に分けることができそうです。

このことは、実は湿原内の水系の形態に対応していて(図1)、上流域での水系は池塘(ちとう)や細流(さいりゅう)からなり、明瞭(めいりょう)な流水を形成していないのに対し(図3)、下流域での水系は流水を伴う明瞭な小河川を形成しているためなのです(図4)。ミナミメダカとドジョウは、本来、河川下流域の田んぼや用水路などの湿地的な環境に生息する魚であるのに対し、カワムツは上流の渓流(けいりゅう)的な環境に生息する魚です。黒沢湿原では環境の違いから生息場所の上下が逆転しているのが面白いですね。

図3.黒沢湿原上流域(St. 2)

図3.黒沢湿原上流域(St. 2)

図4.黒沢湿原下流域(St. 06の下流付近)

図4.黒沢湿原下流域(St. 06の下流付近)

今回の調査だけではわかりませんが、黒沢湿原はかつて田んぼとして利用されていたとのことです。もしかするとミナミメダカとドジョウは外部から持ち込まれたのかもしれません。そのことを解明するにはDNA解析(かいせき)による遺伝学(いでんがく)的調査が必要になります。今後の研究を待ちたいと思います。

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