博物館ニューストップページ博物館ニュース116(2019年9月25日発行)本当に同じ種?~ナガレホトケドジョウにみられる種内変異~(116号CultureClub)

本当に同じ種?~ナガレホトケドジョウにみられる種内変異~【CultureClub】

動物担当 井藤大樹

生物は、“種species”という単位で名付けられ、私たちに認識されています。種は、多数の“個体”から構成されています。種を構成する個体は、互いにとてもよく似ていることが多いですが、よく観察するとそれぞれに個性があり、微妙に異なった姿や性格をしていることがほとんどです。そして時に「これらが同じ種?」と思うほど異なっていることもあるのです。これらのような同じ種に属する個体の間の違いを“種内変異”と呼びます。
今回は、ナガレホトケドジョウLefua torrentisでみられる「これらが同じ種?」と思われるような種内変異の例についてお話します。ナガレホトケドジョウは、私を含む研究グループが2018年に論文を発表し、新種と認められた淡水魚です。

ナガレホトケドジョウとは

ナガレホトケドジョウは、体長5cm程の淡水魚で山間部の河川源流域に生息しています。本種は、瀬戸内海(せとないかい)東部周辺を中心に、日本海(にほんかい)側の一部にも分布しています。水深が数cm程で水温が低い細流(さいりゅう)に生息する本種は、昼間は岩や落ち葉の下に隠れ、夜になるとエサを求めて動き回ります。エサとなるのは小型の水生昆虫などです。

いろいろな色

魚類において、体色の特徴は種を分ける基準にされることもある重要なものです。ナガレホトケドジョウの体色はとてもバラエティーが豊かで、私たちがナガレホトケドジョウを新種として報告する際にも、この体色の違うものたちが同種なのか、あるいは複数の種が入り混じっているのか判断するのがとても大変でした。
ナガレホトケドジョウの体色には大きく2タイプがあります。①背中や体の側面が灰褐色(はいかっしょく)から白色で、鰭(ひれ)は白みがかった透明のタイプ(図1)と、②背中や体の側面に複数の黒い斑紋(はんもん)を持ち、背(せ)びれと尾(お)びれに黒い細かな斑点(はんてん)が散らばるタイプ(図2)です。また、体には目立った黒い斑紋を持ちませんが、鰭には斑点があるような①と②が組み合わさったような個体も見つかります(図3)。

図1 体や鰭に斑紋のないナガレホトケドジョウ

図1 体や鰭に斑紋のないナガレホトケドジョウ

図2 体や鰭に斑紋のあるナガレホトケドジョウ

図2 体や鰭に斑紋のあるナガレホトケドジョウ

図3 体には目立った斑紋がないが鰭には斑点のあるナガレホトケドジョウ

図3 体には目立った斑紋がないが鰭には斑点のあるナガレホトケドジョウ


これらのタイプは種内変異なのでしょうか。それとも別種なのでしょうか。山梨大学の宮崎淳一(みやざきじゅんいち)教授がこれらの遺伝子を分析したところ、紀伊(きい)・四国(しこく)集団と山陽(さんよう)集団という遺伝的にまとまった2つのグループにわかれることが明らかになりました(図4)。
先ほどの体色の2つのタイプと遺伝的なグループを重ね合わせてみると、山陽集団は、①のタイプが多く、紀伊・四国集団は、②のタイプが多い傾向にありました(図4)。「もしやこれらは別種なのではないか!」という期待を胸に、より詳しく調べてみましたが、結局のところ同種でした。

図4 体色のタイプと遺伝的なグループの関係及びその分布(Miyazaki et al., 2011を改変)

図4 体色のタイプと遺伝的なグループの関係及びその分布(Miyazaki et al., 2011を改変)


 紀伊・四国集団には体や鰭に斑紋や斑点がある個体が多いのですが、中には斑紋・斑点のない個体も現れます。さらに、山陽集団の中にも少数ではありますが体や鰭に小さな斑紋や斑点のある個体がみられます。体や鰭に斑紋や斑点があるかないかは、種を分ける違いではなく、種内変異だと結論づけました。

なぜ色が違うの?

体の色は、生物にとっていくつかの意味を持ちます。例えば、同種のメスやオスにアピールし、繁殖(はんしょく)するための婚姻(こんいん)色、あるいは自分が毒を持っていることを天敵に知らせる警告色、天敵から身を隠すための隠蔽(いんぺい)色などです。ナガレホトケドジョウは、眼がとても小さく、薄暗い環境で生息しており、あまりものがはっきりと見えていないようなので、メスやオスへのアピールではなさそうです。また、一般に警告色は派手ですが、ナガレホトケドジョウの斑紋はとても地味で、警告色ということもなさそうです。では、隠蔽色と考えるとどうでしょう。黒い斑紋や斑点は小石の色とよく似ていて、背景に溶け込むのに適しているように思えてきます。
種内変異は、生物の進化を支える重要なものです。今後は、ナガレホトケドジョウとその天敵の関係から種内の体色の違いの謎(なぞ)にせまっていきたいと考えています。

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