吉野川河口の魚【CultureClub】

動物担当 佐藤陽一

吉野川は長さが194kmもある全国12番目の日本有数の川というだけでなく、四国三郎ともよばれ、徳島にすむ人達にとってはシンボル的な存在です。昔から川魚漁が盛んですし、現在でも毎年6月にアユ釣りが解禁になると、県外からも多くの釣人がやってきてにぎわいます。

ところが、たいへん残念なことに、吉野川が有名なわりにはそこにどんな魚がすんでいて、それらがどのように分布しているのかといった、一番基礎的なことさえあまりよくわかっていないのです。現在までのところ、吉野川本流だけでなく支流も合めて約60種が確認されていますが、少なくともこの2倍はいると予想されます。中でももっとも調査が不十分なのは河口域で、ここには未報告の種がまだたくさんいると考えられます。
ここでは今までの調査の結果から、吉野川の河口付近にすむことがわかっている魚たちの中で、将来、絶滅する可能性のある3種の魚についてご紹介しましょう。

アオギス

この魚は天ぷらの材料にするシロギスと同じキス科の魚です。かたちはシロギスそっくりですが、シロギスより大きくなり、背びれに小さな黒班がたくさんあるのが特徴です。
シロギスはどちらかというと辛い毎水を好むのに対して、アオギスはあまい海水を好みます。そのため比較的大きな川の河口付近や、淡水の影響の強い内湾にだけすんでいます。かつては東京湾や伊勢湾などを含め、比較的広く分布していましたが、現在では吉野川河口付近をのぞいては、大分県と鹿児島県の一部、それに国外では台湾に細々と分布するだけとなってしまいました。近い将来、種のレベノレで絶滅する可能性の高い魚といえるでしょう。

 

ハゼ科の全長10センチ程度の小魚で、トビハゼやムツゴロウに近い種類です。口が頭の下面についており、目が小さく、体側の中央の背腹に細長いこげ茶色の斑紋が5、6個あるのが特徴です(図1)。

図1 吉野川河口で、採集されたタピラクチ

図1 吉野川河口で、採集されたタピラクチ


日本固有種で、瀬戸内海の一部や九州の有明海など限られた地域からしか報告がありません。四国では吉野川河口からだけ知られています。吉野川河口での生息が確認されたのはごく最近のことで、博物館の調査で初めて採集されました。吉野川はタビラクチの分布の東限にあたります。
タビラクチは汚濁のないきれいな泥干潟を好みます。吉野川の河口域には潮が引くと干潟があちこちにできますが、そのほとんどは砂質ないし砂泥質で、純粋な泥干潟のあらわれる場所は河口近くのせまい範囲に限られてます。タビラクチはそこだけにすんでいます(図2)。

図2 吉野川河口の泥干潟

図2 吉野川河口の泥干潟


この泥干潟にはトビハゼやシオマネキなどがたくさんすんでおり、潮が引くとそれらを容易に観察できます。しかしタビラクチの姿を目にすることはまずありません。生息数自体があまり多くないということもありますが、トビハゼとちがい潮が引くと泥穴に入ってしまい出て来ません。潮が満ちてくると穴から出てきて泥の表面についた微小な藻類をそぎ取るようにして食べます。
近年、全国的に干潟の埋立が進んだため、タビラクチの生息可能な場所そのものがなくなりつつあります。これもアオギスほどではありませんが、現在の傾向が続くとすると、そう遠くない将来、種レベルの絶滅が起こる可能性があるといえるでしょう。とくに吉野川河口のように生息地がひじように狭いと地域的な絶滅が起こる危険性は高いといえます。

カマキリ

アユカケともよびます。一見、ハゼとよく似ていますが、腹びれは左右独立しており、ハゼ類のように股盤になることはありません。全長20センチほどになり、頭がたいへん大きく、鰓ぶたに4本のトゲがあります。魚食性で小型のアユなどを食べます。鰓ぶたのトゲでアユを引っかけて食べるという言い伝えがありますが、実際にそういうことはありません。
この魚も日本国有種です。日本海側では秋田県、太平洋側では神奈川県より南の本州と四国、九州に広く分布していますが、近年生息地がどんどん減少しています。
カマキリはふだんは水のきれいな中流域の瀬にすんでいますが、卵は川を下って河口付近で産みます。生まれて成長するにしたがって、再び川を上ります。ところが、川を上る途中に堰(せき)ができてしまうとそれ以上は上れません。50センチ程度の堰でも上れなくなるといわれており、たとえ魚道がついていたとしても効果がない場合が多いようです。もし、河口近くに堰ができ、その堰まで海水が来るようですと、カマキリは成長してからは淡水でなければすめませんので、その川では絶滅してしまうというわけです。たんに水がきれいだというだけではだめなのです。
さいわい、まだ吉野川ではかろうじて生息しています。河口から15キロほど上流に第十堰という大きな堰がありますが、堰が老朽化しているため、堰を越えて水が流れない渇水期でも十分な漏水があるので、堰のすぐ下でなんとか生活できるのでしょう。
この魚は徳島県下の他の川にも生息していますし、すぐに種レベルの絶滅ということはないと思います。しかし、小さな堰一つで地域的な絶滅が起こるので、吉野川でも十分注意する必要があります。

おわりに

吉野川に限らず、比較的大きな川の河口域は、人口密集地帯に接していることが多いため、埋立などによる環境の改変が生じ易い場所でもあります。実際、吉野川でも第十堰の改築が決まっていますし、河口のすぐ外側の流通港湾のための埋立の延長計画があるとも聞いています。また、下水道整備の遅れに伴い水質汚濁がますます進行する危険性もあります。環境の改変は、そこにすむ生物に何らかの影響を与えずにはおりません。
今のうちに、せめてそこにどんな魚がすんでいるのか調究し、その証拠を標本として残しておく必要があります。これは博物館の大切な役わりの一つでもあります。こうすることによって、魚から見た吉野川河口域の環境の変遷を明かにすることもできるでしょう。
しかし、願わくば絶滅しない(させない? )でもらいたいものです。

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