本の紹介

故郷論

福田珠己

渡邉一民著
筑摩書房、1992年
\2,200

故郷論

今年もお盆の季節を中心に、「ふるさと」という言葉を繰り返し耳にした。なぜ「ふるさと」「故郷」という言葉が好んで使用されるのであろうか。これ程までによく使われる「故郷」とは何だろうか。
本書は、著者のあとがきによると、文学者である自らの故郷を求めての仕事だったという。小説に描かれた「故郷」の分析を通して、私たちが「故郷」について考える一つの道筋を示してくれる1冊である。ここでは、『既成のものがつぎつぎと崩壊していく…時代のなかで、もういちどみずからの原点である、まぎれもなく確かな「故郷」を特定しようとする作品』と評価する現代小説が取り上げら れ、故郷について深い洞察が行われている。
各論評で提示された「故郷」の意味は様々である。例えば、大岡昇平「幼年」「少年」からは、東京人という都会人の故郷が論じられ、村上春樹「風の歌を聴け」については、「美しい村」ではなくある個人と結びついた帰着点を求める姿を提示している。さらに、青野聰「カタリ鴉」については、故郷を捨てユートピア建設をめざす亡命者について言及している。亡命者の問題は特に現代的なもので、既視観に支えられた「故郷」のコピーしかなく安住地もない時代を生きる私たちに課題を投げかけるものである。また、中村眞一郎「四季」をめぐっては、西欧文化に傾斜して理想化された「名づけられぬ土地」を精神的な故郷とすることについて述べられ、石川淳「狂風記」からは、繁栄した都市の根底にある焼跡に人聞の原点を求めている。
本書で論じられた「故郷」は、帰着点という意味を意識しないで、私たちが日常的に使っている「ふるさと」という言葉とは異なったものとして感じられるかもしれない。しかし、本書をとおして、今一度、自らのねっこにこだわることも有意義な体験となろう。

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