博物館と行政がタッグを組んで自然を守る【CultureClub】
植物担当 小川誠
私は、博物館で植物担当学芸員をしています。主な仕事は、さまざまな方々のご協力をいただきながら、県内外の植物を調べて標本を作製したり、寄贈された標本を整理したり、新しい発見を論文に書いたり、植物に関する展示や普及行事を企画したりすることです。私が扱(あつか)う標本は20万点もの多数にのぼることから、これらの標本を効率よく整理・活用し、情報発信するためのデタベス作りや検索システムの開発などにも力を入れて取り組んできました。
そうした立場から、環境省や徳島県のレッドデータブックの作成に関わり、また、徳島県が進める自然環境の保全や希少(きしょう)野生生物の保護等に関する各種検討委員会委員やアドバイザーなども引き受けています。
博物館が2004年に策定した中期活動目標では、博物館活動を通じて蓄積した様々な博物館資源(資料・情報・学芸員の知識)を自治体や地域社会の事業推進に役立てるという社会貢献(こうけん)活動も博物館の重要な活動のひとつであると位置づけられています。私も他の生物分野の学芸員とともに、私のできる範囲で積極的にこうした事業にも協力して行きいと考えています。
ところで、博物館での仕事が具体的にどのように自然環境の保全、特に生物多様性の保全に生かされているのでしょうか。いくつかの例に基づいて述べてみたいと思います。
公共工事において、生物多様性を保全するためには、影響がある範囲内にどのような生き物がいるかを調べて生物相のリストを作成し、保全の必要性のある種(保全対象種)を抽出(ちゅうしゅつ)し、対策を立てる必要があります。そのための植物相に関する調査は図1のような手順になります。ところが、このような調査が行われているにもかからわず、適切な保全対象種が抽出されず、必要な対策が立てられなかった例が見られます。この原因はいくつか考えられます。
まず、調査のための事前の情報収集が十分に行われなかったことが原因のひとつです。現地調査の計画を立てるためには、事前の情報収集が重要です。それには過去に出版された文献(ぶんけん)や採集された標本、地元の方々からの情報などを集める必要があります。重要種がすでに記録されており、現地にも生育していたにもかかわらず、現地調査では見落とされたために配慮されなかったという例もあります。博物館には収蔵された植物標本のうち10万点を越える標本がデータベース化されており、文献なども集まっていますので、そうした情報が比較的簡単に集めることができます。
次に現地調査の精度が悪いことも原因のひとつとしてあげられます。専門家の目から見ると、調査で得られた植物のリストを精査することにより、どの程度の精度の調査が行われたかがわかります。
私は博物館ニュースの57号に「アゼオトギリの群落発見」という記事を書きました。これは、環境調査でもたらされたデータを見たところ、改修されていない古い水路があるといった生物にとって良い環境の割に絶滅危慣種(きぐしゅ)があがってきていなかったことに疑問を持ったため、現地に行ってみて発見したものです。生育地はその後詳細な調査が行われ、保全の措置(そち)が取られることになりました。もし、これが見つからないままだったら、この生育地は破壊されていたことになります。
博物館にはいろいろな情報が整備され蓄積されています。たとえば、徳島県の植物については徳島県植物誌が1999年に出版されていますが、これをベースに新しく発見された種や誤認などを修正し「県内で記録された種」のデータベースを整備しています。それを用いると、植物相調査結果チェツクシステムを構築することができます(図2)。このチェツクシステムは、調査で得られた植物のリストを処理することによって、絶滅危慣種などの保全対象種や誤同定等の疑問種にふるい分けることができます(図1の点線A)。このシステムを使うと、県内では記録されていない種がしばしば出てくるのですが、標本を確認しても同定の誤りであったという例が多くあります。同定の確認できる標本すら残っていない例も少なからずあり、問題が多い場合は調査精度が低いと判断できます。そこで現地調査をやり直しすると、絶滅危慣種が次々と見つかるという例もありました。
図 1 植物相調査の手順
図 2 植物相調査結果チェツクシステム。博物館に蓄積されたさまざまなデータを使ってふるいにかけると、調査の問題点が明らかになる.
保全対象種が決まった後でも、その対策に対する専門的知識が必要になります。レッドデータブックに載(の)っているからという理由で準絶滅危慣種に対して過大な配慮(はいりょ)対策を行っている例もありますが、準絶滅危慣種は「現時点での絶滅危険度は小さいが、生息条件の変化によっては『絶滅危慣』として上位ランクに移行する要素を有するもの」ですので、それほど保全措置をとる必要が無い場合もあります。むしろ、そうした種が出てくるのであれば、他の絶滅危慣種が出てくる可能性が高いと判断し、綿密な調査を行うべきで、実際に、その周辺から調査で見落とされていた絶滅危慣種が見つかることもしばしばあります。
ひと口に絶滅危慎種といっても、それぞれ性質が遣うものです。博物館ニュースの45号で紹介したタコノアシのように、土木工事でいったん土砂に埋まっても、土砂を取り除いてやるだけで回復する植物もあります。これはタコノアシが本来、河川の氾濫原(はんらんげん)の湿地に生育する種で、洪水の際に土砂に覆われてしまう場所に生育している植物だからです。そうした生き物としての特性を見極めて配慮対策を行うには専門的な知識が必要です。
このように博物館と行政がタッグを組んで自然を守る仕組みが整備されつつあります。この仕組みが自然環境の保全にむけて有効活用されることを願っています。